大澤駅伝競走大会 0201
2月1日(日)、清酒開華スタジアムを会場に、第76回大澤駅伝競走大会が行われ、本校特設駅伝部、女子2チーム、男子2チームが出場し、見事、襷をつないでくれました。県内外から有力チームが集まる中、男子は8位入賞しました。おめでとうございます。女子チームも健闘しました。めざすは、10月の佐野市の大会です。駅伝部の皆さん、お疲れ様でした。大会関係者の皆様、お世話になりました。
※ごめんなさい🙏全選手、写真が撮れていません。
大澤駅伝競走大会は、以前、大澤龍雄追悼駅伝競走大会という名称でしたが、のちに御遺族の願いもあり、現在の名になりました。大澤龍雄(おおさわ たつお)さんは、常盤村牧(ときわむら まぎ)現在の佐野市牧町で育ち、昭和6年、西暦1931年に佐野中学校、現在の佐野高校に入学し、陸上部に入部しました。自宅から学校まで約16キロありましたが、たびたびこの距離を走って通ったそうです。その後、昭和11年、1936年に日本大学経済学部に進学し、箱根駅伝やインカレ、国内外の大会で活躍しました。そして、昭和15年、西暦1940年の明治神宮大会の3000m障害走で、9分25秒2の日本記録を樹立し、将来が期待される選手に成長しました。ただ、当時の日本は、戦争に向かっていました。昭和19年、西暦1944年、大澤選手はパラオ諸島の激戦地に出征となり、アンガウル島の激戦で帰らぬ人となりました。27歳の若さでした。また、日本記録はその後10年破られなかったそうです。戦後、大澤選手の生前の活躍を後世に伝え、後に続く選手が育つことを願い、この大会ができたそうです。第1回は昭和26年、西暦1951年に始まりました。
参考文献 常盤公民館だより第60号
それでは、また明日も気をつけて登下校してください。
大澤龍雄さんのお墓です。※5年前に撮影。